好きなものについて。

私はなんともつまらないことにオタク気質というものが備わっていない。
何か(誰か)を好きになったときにそれに関する情報や関連するモノを隈なく調べたり集めたり追ったり真似したり仲間を増やしたりということがない。
琴線に触れた理由を掘り下げたくて調べて、結果詳しくなるという流れはあるけど、基本的に好きになった対象を、自分の中で思いを広げて深めていくことで満足してしまう。
知識を蓄え、語り合うよりも、なんで私これが好きなんだろう、どの部分が好きなんだろうとかをたくさんたくさん考えて、自分とそれとの繋がりを勝手に強固なものにしていくのがわたし的な愛だから、ある意味「自分オタク」なのかもしれない。

一方、好きなら詳しくてなんぼ、という考えの人は多くて、「そんなことも知らないなんて全然好きじゃないじゃん」「こいつほんと分かってないからさー」みたいに言われてちょっと傷つくこともなくはない。

私は勉強や仕事じゃなければ
「より多くを見ていることや多くモノを所有していることと好きの純度は比例しない」
それから
「好きなものが人それぞれなら好きになり方も人それぞれでよし」
と思うんだけどな。

「好き」ということに対しては争いのない世界がいい。(いいこと言った!)

とはいえ自分には、好きの自由を説く以前にそもそも失礼だろうという部分があるのは自覚してます。

例えば好きなマンガがあって、あるシーンについては、このセリフがすごい良くて、主人公の表情がこうで、そこに感動して、それでね、、、ってたくさん話せるのに、物語全体でみたら大事な基本の設定を覚えてないとか分かってなかったとか。
もし自分が作者だったらはそれは知っておいてくれよ~って思ってしまう。

あとは侍文化で言ったら、ふだんよく聴いてるし、心からいいなと思ってる歌詞があったりするのに曲のタイトルを覚えてなくて、ライブではまのくんのぶくんあたりに「今日の1曲目なんていうの?(好きなんだけど何だっけというニュアンスではある)」とか聞いてるので、きっと侍文化にはそんなに興味ないと思われてることでしょう。
めちゃくちゃ聴いてるんだけどね…。ちなみにお天気サンバだった。
ワタナベタカシ・meiyoに限っては完璧です。えらい。

自分はそうなれないけど、ギークな人の話はどの分野も面白いし勉強になり本当に尊敬する。
色々なことを教えてくれて貴重な情報を世に発信してくれる良き「オタク」な方々には積極的に出会っていきたい。